ぐうたらのトイレ

次の日の朝、目が覚めた。

「ごはんです」

朝ごはんを食べ終わって、朝のユリーフのお薬を1錠飲んだ。そして、また意味のないことは、わかっているのだが、おしっこがしたくなり、トイレに駆け込む・・わけではなかった。

「おしっこ出るかも。まあ、でもトイレに行かなくても、勝手にぶら下がっているおしっこの袋の中に、おしっこは出ていくんでしょう。わかっていますよ」

この頃になると、少し前まで感じていた違和感も消えかかってきていた。身体の下半身、その上辺りの何もない空間上に感じる、なんともいえないかゆさも、それほど感じなくなっていた。

パソコンに向かって仕事をしているときでも、病気になる以前だったら、このぐらいパソコンに向かっていたら、おしっこ、トイレに行きたくなっていたであろう時間。病気になった後でも、なんとなくこのぐらいパソコンに向かっていたら、おしっこに行きたい感じがして、トイレに行っていた時間も、特に気にしなくなっていた。

「ああ、おしっこしたいのね。どうぞ、勝手に袋の中にして下さい」

そんな感じで、おしっこには、自分の身体にぶら下がっているおしっこ袋の中に、勝手に投入してもらって、自分は関係ない顔で、パソコンに向かって、マウスを動かしていた。

「なんか面白そうなバラエティ番組をやっているじゃん」

なにげに点けたテレビのバラエティ番組を視ているときも、だらーんとソファに寝転がりながら、テレビの画面を延々と見続けられるようになっていた。

「あ、おしっこ行きたいのか」

私は、テレビのバラエティ番組のCM中に、自分の身体から出ているクダを眺めて、その透明なチューブの中を、おしっこが袋に向かって、ただ眺めていた。

「おしっこしたいのか。まあ、おしっこさん。勝手に、おしっこ袋の中に流れていってくださいよ」

私は、テレビのバラエティ番組を眺めながら、自分のおしっこに向かって、そう言っていた。

「そろそろ夜の9時だな」

消灯の時間だ。もう寝ようかな、そう思ってパジャマに着替えると、ベッドの毛布の中に入る。

「あ、寝る前に、おしっこに行っておかなければ」

なんて思うことも無くなった。

「袋がくっついているのだから、おしっこは、トイレになんか行かなくても勝手に袋の中に流れていってくれるんだよね」

いつしか私は、そう思うようになっていた。そして、布団に入って、愛猫とともに眠ってしまう。

夜中に、ふと目が覚めた。

「なんだか、ちょっとトイレに行きたいような・・。おしっこがしたいような気がする」

そう思ったら、例え意味が無くても、以前だったら、おしっこの袋を片手に持ったまま、トイレに行って、そこでトイレに腰かけてから、おしっこをしていたというのに、今では、

「ああ、大丈夫。袋の中にしちゃえ」

ベッドの脇にエスカンでぶら下がっているおしっこの袋の方を、チラッと見るだけで、そのまま目をつぶって、再び眠りについてしまうのであった。なんだか、トイレをするのが、どんどんぐうたらになっていってしまっているようだった。

おしっこは出るようになっているはずにつづく


ぐうたらのトイレ
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