あの悪夢が再び

「あのー、もう少し頑張ってみます」

私は、便器の中の流れていってしまった私のほんの数滴の血が少し混じった赤いおしっこを恨めしそうに眺めながら、看護師に言った。

「もう少し出そうなのですか?」

「たぶん、頑張れば・・」

あまり、おしっこを出せる自信は無かったが、それでも、なんとか看護師に頑張ってみるということは伝えた。もし、ここで頑張らずに、無理とか言ったら、また診察室に戻って、クダを付けられ、おしっこの袋をぶら下げることになってしまう。それだけは避けたかった。

「とりあえず、お茶を飲もう」

私は、15番の診察室に戻る看護師とは別れて、再び、病院の廊下に1人になった。まずは、お腹を水分でガブガブにしよう。そうすれば、おしっこがしたくて我慢できなくなり、トイレへ駆け込み、おしっこが出るだろうと思ったのだ。

「うーん、これは大きすぎるな・・」

私は、病院の、廊下の自販機が置いてあるところへ行き、自販機の中に売られているお茶やジュースのボトルを眺めた。ペットボトルのお茶は、さすがに大きすぎて飲みきれないと思ったので、ブリックパックのお茶にした。

自販機の出口から出てきたブリックパックを手に取り、付属の小さいストローをパックに突き刺し、チューチューする。

「のんびり行こう」

私は、自販機前のテーブルの空いている席に腰掛け、窓の外の景色をゆっくり眺めながら、お茶を味わうことにした。急いで飲むよりも、ゆっくり時間をかけてお茶を飲んだ方が、おしっこにもなりやすいように感じたのだった。

「そろそろ歩いてみるかな」

かなり、ゆっくりめに時間をかけて、小さなブリックパックのお茶を飲み干した後で、席を立ち上がると、飲み終わったパックをゴミ箱にに捨て、廊下を歩き始めた。

ゆっくり、ゆっくり落ち着いて歩くように、自分に言い聞かせながら、病院の廊下を歩くようにしていた。その方が、ちゃんとしたおしっこが身体の中で生成されるような気がしていたのだ。

廊下を、ゆっくりと歩いて行く。

廊下を反対方向から歩いてくる結構年配のお爺さんとすれ違った。そのお爺さんも、結構ゆっくりと足を動かし、歩いていたが、そのお爺さんよりも、私の歩くスピードの方が遅かった。

「いいぞ、いいぞ。良い感じだ」

年配のお爺さんよりも、ゆっくり目に歩いていた自分のことを、自分で褒めていた。ゆっくり目に歩いたからって、本当に、ちゃんとしたおしっこが生成されるかどうかなんて、わからない。そもそも、おしっこに、ちゃんとした、ちゃんとしていない、なんてあるのだろうか。それでも、その時の私には、それが最善のおしっこを出す方法に思えたのだった。

「あ、おしっこ・・」

病院の廊下をゆっくりと何周かすると、私は、なんとなくおしっこがしたいような感じになった。

「これで出るな」

私は、廊下を歩くのを中断して、採血検査室の手前のトイレに入った。そこで腰かけているのだが、おしっこは一向に出ない。

いや、おしっこは、すごくしたいのだ。ゆっくり目に飲んだお茶は、良い感じで吸収されて、おしっこに生成されたようだ。それが、病院の廊下を歩いたことで、やはり良い感じに膀胱の中に貯まってくれているようだった。

「すごく出たい」

気持ちは、おしっこをしたくて、したくてたまらないのだった。なのに、トイレに座っても、おしっこは一向に出て来なかった。この日の一番最初に、ほんの数滴だけだけど、おしっこが出たのに、今は、ほんの数滴でさえも、おしっこは出なかった。

「なんだろうな。おしっこ出ない」

そのうち、トイレの中でお腹が張って、気分が悪くなってきた。私は、トイレの壁に、頭をもたせかけたまま、必死で気分が悪いのをこらえながら、トイレに座り続けていた。

しかし、おしっこは一滴も出なかった。

「もうダメだ。気持ち悪い」

私は、トイレの個室の中で、必死で立ち上がると、トイレから出た。トイレから出ると、またなんとなく、おしっこが出るような感じがして、トイレにこもる。しかし、おしっこは一滴も出ない。また、気持ち悪くなり、トイレから出る。しばらく、その繰り返しだった。

「あー、ダメだ。これは出ない」

私は、いつの間にか、お腹が張って、気分が悪くなって、まともに立っていることも出来なくなっていた。

「もういい、おしっこよりも具合が悪い」

私は、トイレを出ると、廊下の壁に付けられた手すりに必死に掴まりながら、採血室の前を通り過ぎて、その先の突き当たりを左折、泌尿器科の15番の部屋を目指した。相当、具合の悪い顔で歩いていたのだろう、途中の採血室の前を通り過ぎるとき、大丈夫ですかと採血室に常駐している看護師に声をかけられたほどだった。

必死の思いで、15番の部屋の前までたどり着くと、そこの壁にずっと寄りかかったままの姿勢で、先生から呼ばれるのを待っていた。

その壁の脇のところに空いているソファがあったのだが、お腹が痛くて、腰を曲げているよりも、立っている方が楽だったのだ。

しばらく立ち姿勢のまま、ぐったりしていたが、だんだん立っているのも苦しくなってきて、それでも腰を曲げるのはつらいので、真っ直ぐの姿勢のまま、ソファの前に膝を曲げて座りこむと、頭をソファにうつ伏せにして、ひっくり返っていた。

そして、いつの間にか長いソファの場所が全部空いていたのを良いことに、そこのソファにごろんと横になって眠ってしまっていた。

「大丈夫ですか?」

30分ぐらい眠っていただろうか、しばらくすると、いつもの看護師に身体を揺り起こされた。

「あ、はい・・」

真っ青な顔で、フラフラしながら看護師と共に、15番の隣の診察室の中に連れていかれる。そこのベッドに寝かされると、またクダを身体の中に通され、クダの先には、おしっこの袋がぶら下がっているような状態に戻された。

身体にクダが繋がって、そこから表のおしっこの袋に、おしっこが流れるようになると、今まで出れなかったおしっこが、喜んでおしっこの袋の中へと流れ出していき、それと同時に、真っ青で苦しかった私の表情からも、苦しさが消えて、元気が戻ってきた。

「これは、一番最初に、この病院に運び込まれてきたときと全く同じ状態で、おしっこが出ないから、お腹が張って苦しくなった。また一番最初に病院に担ぎ込まれたときと同じこと繰り返してますよ」

看護師に言われてしまった。

「今うちにあるお薬は、今夜の分までしかありませんよね。また、お薬を2週間分出しておきますから、2週間後にまた来て下さい」

看護師から追加のユリーフ2週間分の処方箋をもらって、その日の診察は終わりになった。

この日の診察は、前半はなんとか、おしっこを出すんだという気合いがあったけど、後半は、おしっこを出すとか、出さないとかどうでもよく、それよりも、ただただ具合が悪くなった診察だった。

お薬を探そうにつづく


あの悪夢が再び
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