おしっこが出た!

「あれ、なんか出そうだ!」

クダから解放されて、15番の隣の診察室の部屋から出ると、病院の廊下を歩き始めた私は思った。まだ、これから1周し始めようかというところだった。

「今回は、前回よりも早くに、おしっこ出たくなった。これは、きっと幸先がいいぞ」

病院の廊下を歩くのを止めた私は、突き当たりを左折して、採血室の手前にあるトイレへと向かった。

トイレの個室に腰かけると、おしっこが出るのを待つ。待っている間もなく、おしっこは出た。いや、そんなに大量ではなかったが、なにかしらのおしっこが出たのだった。

「やったー!これは、遂に出たぞ!」

立ち上がって、便器の中を確認してみる。

「うん、これは・・」

私は、便器の中に、ツーと下へ向かって流れるような感じで、へばりついていたおしっこの跡を見つけた。少し血が混じっていたのだろうか、赤いおしっこだった。本来ならば、出たおしっこは、便器の一番下の水が少し貯まっているところに落ちていくのだが、それは、余りにも出た量が少なかったためか、多少はツーと下へ向かって流れた形跡はあったが、真下の水が貯まっているところまでは到達せずに、便器の途中で止まっていた。

「出た・・」

私は、便器の途中にこびりついているおしっこの跡を見ながら、小声でつぶやいた。

「出た!おしっこが出たよ!」

もしかしたら、それは決して、おしっこが出たと言えるほどの量では無かったかもしれないのだが、こびりついているおしっこの跡も、やや血が混じっているのか、赤い色をしているかもしれないけど。でも、遂に、おしっこは出たのだ。

「おしっこ、出たんだ!」

私は、トイレの個室の中で、大声で叫びたいぐらいに興奮していた。

赤い血だろうが、量が少なかろうが、おしっこは、おしっこだ。

この4週間ずっと待ち望んでいたおしっこが、遂に、今出たのだ。毎朝、毎晩、ごはんを食べた後に、ユリーフのお薬を1錠ずつ飲み続けてきた、その効果のほどが遂に出たのだ。

「おしっこ、出たんだ!!」

これが、興奮せずにいられるものか。トイレの中で、病院じゅうの皆に聞こえるぐらいの大声で叫びだしたかった。

「あれ、このおしっこ、どうやって先生に診てもらったら良いんだろうか?便器ごと外して持ち上げられないし」

私は、トイレの便器の中にこびりついているおしっこを見ながら、考え込んでしまっていた。

そういえば、前回に、おしっこをわざわざ診察室まで持っていって見せなくても、機械で自分の身体を計れば、どのぐらいおしっこが出たかはわかると言っていた。だから、このまま便器にへばりついたおしっこは、水に流してしまって、自分の身一つで診察室に戻れば良いのだ。一度は、そう思って、トイレの流すスイッチに手が伸びたのだった。しかし、せっかく出てきたおしっこを流すことはできなかった。

「機械で計ったらわかるというけど、出たのは、ほんの数滴だ。こんな少ない量でも、機械で出たことがわかるのだろうか?」

そう思った私は、これはぜったい流したらだめだろうと思った。とりあえず、ここから一番近い泌尿器科の受付にいる看護師さんに来てもらって、確認してもらおう、そう思ったのだった。

「呼んでこよう」

私は、トイレの個室から外に出た。そのまま、トイレを飛び出し、泌尿器科の受付まで飛んで行きたかったのだが、今まで自分が入っていた個室の開いている扉を振り返った。

「このまま、出て行ったら、看護師さんを呼んでくる前に、誰かがやって来て、流れていないトイレを発見して、流されてしまったらどうしよう」

そう思うと、その場から離れられなくなってしまった。

「どうしよう?」

私は、その場で考え込んでいた。

せっかく出たおしっこが、誰かが来て、流されてしまったら身も蓋もない。なんとかして、看護師さんに、出たおしっこを見てもらう方法はないだろうか。

ふと、トイレの奥の方を見ると、手前側の出入り口とは別の出口があることに気づいた。

「あの奥は、いったいどこに通じているのだろう?」

手前の入り口から、トイレに誰も入ってきていないことを確認しながら、奥の通路のほうに行ってみた。奥の通路の入り口には、テーブルが置いてあり、検査のためにコップに入れたおしっこが置かれていた。奥の通路は、おしっこ検査のための出入り口のようだった。

「誰も来ていないよね」

 私は、表側の入り口から誰も入ってきていないことを確認して、通路の先へ少し進んでみる。通路の先では、男女のトイレが繋がっていて、そのさらに先へと通路は伸びていた。

「血液とりますね」

通路の先からは、採血室で患者の血を採血している看護師さんの声が聞こえてきていた。この通路は、採血室に繋がっているのか、採血室から検査のためのおしっこを取りに来るための通路のようだった。

「採血室の看護師さんに見に来てもらおうか」

私が、採血室の方に抜けていこうとしたとき、トイレの出入り口の方から人の話し声がした。慌てて、私はトイレの方に戻った。ちょうど、ご夫婦だろうか、お婆さんが、お爺さんに付き添って、2人がトイレに入ってきたところだった。

「危なかった、流されてしまうところだった」

私は、おしっこがこびりついているトイレの個室にいた。その向こうのトイレで、老夫婦は、おしっこの採取していた。

いっそ、このお婆さんに、看護師を呼んでくるまでの間、トイレを見ていてくださいと頼もうかどうしようか悩んでいた。そうは思ったが、他人のおしっこを見ていろなんて、面倒くさがられそうだなと思い、結局頼めなかった。

「そうだ。使用中ですってことが解れば良いのでは」

そう思った私は、着ていたコートを脱いで、便器の上に被せた。却って、なんか厚手のコートが便器に被っているのっておかしいなと思えたので、慌ててコートを外すと、再び着なおした。

「何かないか、何かないか」

持っていたバッグの中をひっかき回す。と、いつも、出かけるときにおしっこの袋を入れて、ぶら下げていた百均のバッグが見つかった。

「これだ!」

私は、その百均バッグを便器に被せると、急いで泌尿器科の受付にいる看護師を呼びに行った。受付の看護師は、診察については、よくわからないと泌尿器科の看護師を呼びに行ってくれた。

泌尿器科の看護師を連れて、早く戻ってきてくれないか気が気では無かった。もし、戻ってくる前に、誰かに百均バッグを脇にやられて、流されてしまっていたら・・。

「出たんですか?」

「ほんの少しなのですが」

呼んできてくれた泌尿器科の看護師とともに、トイレへと戻って、無事出たおしっこを見せることができた。

「ああ、これだけですか」

あんなに大興奮して、おしっこが出た!と喜び、看護師に見てもらうために、現状保存したというのに、たったの、その一言だけで、やっとの思いで出した私のおしっこは、トイレの先へと、

ジャー

流されていってしまった。

あの悪夢が再びにつづく


おしっこが出た!
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